――……。 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、目が覚めた。 きっと空耳、だったのだろう。 眠りが浅くなれば、なんでもないことで目が覚める。 ぼんやりと部屋を見渡せば、誰かに呼ばれるなんてありえないことはすぐにわかった。 ここには、私しかいないのだから。 見れば、窓の外はまだ暗い。 ――今、何時だろう? 時間を見ようと携帯を開いたら、一通のメールが届いていた。 受信時刻は午前四時、ついさっきだ。 目が覚めた原因は、これだったのだろうか? 件名も本文も真っ白なままのメールを見て、溜息を吐く。 送り主の欄には、見知った名前が入っていた。 こんな時間にいたずらメールを送るような人では無い。 きっと内容を書く前に送信してしまったのだろう。 ――どうせ眠気も無いし、待っててみようかな? そう思ってメールを閉じようとした時、添付ファイルの存在に気付いた。 英数字だけで作られた無機質な名前のムービーファイル。 その中身は、名前に似つかわしくないほど鮮烈なものだった。 多分、橋の上。 そこから望める風景は、きっとこの街の全てを象徴していた。 真っ暗な海。 昇り始めた太陽。 それに照らされ、陰影を作る建物たち。 ただそれだけを映して、動画は終わっていた。 声は無く、文字も無い。 それでも何故か、分かった。 あの人が、空へ飛んだのだということだけは。 夢を見なくなったのは、眠りが浅いせいだろうか。 いつからそうなったのかは、自分でももうわからない。 ただ、ふわりと宙に浮かぶような浮遊感。 ずっと昔、夢で得たその感覚が、この映像に見出せるような気がした。 吹き付ける風は湿り気を帯びて重く。 水の香りに混じり、コンクリートもその匂いを漂わせ。 両手を広げて風に乗れば、足は自然と地面から離れて。 ――空から落ちれば、夢が終わる。 子供の頃に夢見たそれを今になって思い出すのは何故だろう。 残された映像を繰り返し眺めながら、私は何度も何度も落ちていった。 夢と現実の境目は、一体どこにあるのだろう。 そんなことを考えながら、長く続く階段を進んで行く。 上へ、上へ。 この街で、一番空に近い場所を目指して。 重い扉を、開く。 屋上へ辿り着いた私を、吹き付ける風が出迎えた。 空が白みかけていた。 日が昇る。 けれど街は、まだ眠ったまま。 前へ。 ここから見えた海も、真っ暗で。 更に、前へ。 少し高いくらいじゃ、やっぱり何も変わらないかな、とも思えた。 境目に、到着。 空を見上げ。 両手を広げて。 風を孕む。 大きく息を吸い。 虚空へ踏み出し。 夢と現の境を、越える。 どうか私も、飛べますように。 ――『睡眠都市:飛ぶ夢を見ない』より。