ずるり、べたり。
 ずるり、べたり。

 夜の道を、音と共に行く影が在った。
 奏でる音は二つ。
 重く湿った物が跳ねる音と、何かを地に擦る音だ。

 ずるり、べたり。
 ずるり、べたり。

 影は行く。
 ううう、うううと呻きを上げながら。
 針山にされた体を、庇いながら。

「夜でも驚かないなんて、あの巫女、本当に人間……?」

 呟く疑問は誰の耳にも届かず。
 目撃者の記憶には、恐怖だけが残された。

  *

 ずるり、べたり。
 ずるり、べたり。

 それからいくつかの昼を越え、迎えた夜。
 音と影は、再びその姿を現した。

 ずるり、べたり。
 ずるり、べたり。

 影は行く。
 ううう、うううと呻きを上げながら。
 熱線に炙られた体を、庇いながら。

「夜でも笑ってるなんて、あの魔女、本当に人間……?」

 呟く疑問は、やはり誰の耳にも届かず。
 目撃者の記憶には、恐怖だけが残された。

  *

 ずるり、べたり。
 ずるり、べたり。

 それから更に、幾度目かの夜。
 影は再び姿を現し、宵闇に音を響かせ、歩く。

 ずるり、べたり。
 ずるり、べたり。

 影は行く。
 うくく、うくくと笑みを漏らしながら。
 どこも痛まぬ体を、それでも重そうに引き摺りながら。

「こんなのを怖がるなんて……人間って、案外チョロいのね!」
「いえ、そうでもないですよ」
「!?」

 呟く言葉は、誰かに聞きとがめられた。
 振り向けばそこには、山の巫女。

「正体不明の妖怪が出ると聞いて飛んできました」
「あわ、あわ、あわわ」
「でもまさか、貴方だったなんて……お久しぶりですね、小傘さん?」
「あわぁー!」

 影は走る。
 さでずむに狂った巫女から逃げるため。

「それじゃ、さっくりやられちゃってくださいな」

 だが、巫女がそれを見逃すはずもなく。

「妖怪退治って、素敵ですよね! 楽しい上に、信仰まで増えるんですから!」
「ぎゃーっ」

 人間って、怖い――

 小傘の心には、恐怖だけが残されたのだった。 inserted by FC2 system